ヒストリー

さかのぼること30数年前、韓国より一人の青年が日本にやってきました。聖書一冊を携え、日本語はほとんどわかりませんでした。

塩谷(神戸市)の神学校が彼の学び舎でした。電車賃がなく、神戸から京都まで歩いたこともありました。1食150円の昼食代が払えずに、日曜日の昼ごはんを我慢したこともありました。

こうば(工場)で働き、一日にねじ止めを一万個したこともありました。誰よりも早く工場に出向き、全部の床にモップをかけました。

新婚の住まいはトイレなしの六畳二間でした。日本の老牧師の最後を看取ったこともありました。

ある時、とある事業を譲り受ける申し出を受けました。しかし彼は、宣教師としての道を歩み続けました。

そのうち、この日本にいながらでも、韓国の教会、そしてアメリカ、ヨーロッパ、東南アジア等からの集会招請がひっきりなしにありました。搭乗回数が多い顧客の一人としてある航空会社が着目する存在になりました。

けれども、、、

脂がのってきたそのような時、
妬むもの、利用するもの、責めるもの、裏切るものがあらわれ、多くのものを失いました。それでも彼は、牧する羊を愛し続けました。


今も、神を愛し人を愛す心は、30数年前と何一つも変わりません。

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